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最高裁判所第一小法廷 昭和50年(行ツ)65号 判決 1977年3月31日

上告人 理研電子株式会社

被上告人 国

訴訟代理人 石田裕康

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人緒方浩、同中平健吉、同河野敬の上告理由第一点について

国税通則法七四条一項にいう「その請求をすることができる日」は、無効な申告又は賦課処分に基づく納付の場合、その納付のあつた日と解すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同第二点について

所論は、陳述していない準備書面に記載した主張に基づいて、原判決の判断遺脱を主張するものであつて、失当である。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 岸上康夫 下田武三 岸盛一 団藤重光)

上告代理人緒方浩、同中平健吉、同河野敬の上告理由

第一点 原判決には、国税通則法七四条一項の解釈を誤まり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

原判決は、第一審判決が国税通則法七四条一項により、還付金等に係る国に対する請求権は、その請求することができる日から五年間行使しないことによつて時効により消滅する旨規定され、右規定にいう「請求することができる日」とは、無効な申告又は賦課処分に基づく納付の場合は、その納付のあつた日と解すべきである旨判示したのを引用し、上告人主張の本件過納税金の返還請求権の消滅時効の起算日は、それぞれその納付のあつた日と解すべきであると判示した。

さらに原判決は、上告人が昭和四〇年八月三一日東京国税局査察部によつて強制調査を受け、帳簿、銀行通帳および出入金伝票等昭和三八年、三九年度法人税額算出の基礎となるべき会計資料の一切を押収されたことおよびその後被上告人は右両年度法人税法違反被告事件として起訴され、同四五年一一月一〇日その控訴審である東京高等裁判所において上告人主張内容の判決が言い渡され、そのころ同判決が確定するにいたつたことが認められるので、このような事実関係のもとにあつた上告人としては、右刑事判決の確定にいたるまでは、同過誤納金の還付請求をすることが容易でない事情にあつたことが察せられないではないが、そうだとしても、それは、たんに上告人において前記刑事事件での抗争のかたわらさらに右還付請求をすることが事実上容易でなかつたというのにすぎず、前記消滅時効の起算日を前記一審判決に説示されたところと別異に解すべきいわれはない、と判示した。

原判決が、過誤納金の還付請求権の消滅時効の起算日を、無効な申告又は賦課処分に基づく納付の場合は、その納付のあつた日と解すべきである判示したのは、右還付請求権を原判決が公法上の不当利得たる性質を有するものと判示しているところから推測すると、私法上の不当利得の非債弁済の法理の類推から、非債弁済の不当利得返還請求権の消滅時効の起算点を、通説判例が同返還請求権はその発生と同時に行使することを得るからその時から時効が進行すると解し、非債弁済による不当利得は弁済者が債務の不存在を知らないことを要件とするから、その場合弁済の時点においては権利者は権利発生を知る由もなく、したがつて事実上返還請求権を行使し得ないのであるが、しかしこのことは事実上の障碍にすぎず、この場合にも権利発生のときから時効が進行する、としている理論を安易に公法上の不当利得返還請求権の一種である過誤納金の還付請求権の消滅時効にとり入れたものと考えられる。

しかして、不当利得の法理は、法の一般原則として公法、私法を通じて適用さるべきものであり、また租税法律関係は近時租税債務関係として理解し、権力関係であることを否定する傾向にあるが、現行租税法についてみれば、租税法律関係の形成実現の過程において国家意思の優越性が認められていることは否定し得ないところで、少くとも権力関係としての測面を有することは否定することができないのであるから、過誤納金の還付請求権の消滅時効の起算日を考える場合にもそれが持つ公法関係(権力関係)の特殊性に応じて私法関係の法理を修正して適用すべきものと考える。

そこで、過誤納金の還付請求権を行使する法的手続を検討してみるに、法律上租税として納付すべき原因が欠如又は消滅した場合に納付された過誤納金は、過誤納の原因が申告、更正の決定等による租税債権の確定行為に基づくものであるときは、それらの確定行為が取消されるまでは、その納付は法律上の原因に基づいているのであるから、還付請求権は生じない。けだし過誤納金は、それが賦課徴収に基づく場合であると申告納税による場合であるとを問わず、権力関係に基づいて生じた結果であり、行政権の判断が有効に存続する以上、一応その判断を正当として承認するを要し、客観的には不当の利得の存する場合においても、個人の認定に基づき法律上の原因なき利得としてその返還を請求することは許されず、一定の方法により、その原因である行為が取消されたために法律上の原因なくして給付したものとなつて、はじめてその返還を請求し得るものと解すべきものであるからである。

しかして、本件は申告および賦課決定による納税の場合であるが、これらによる納税の場合、租税債権を確定させる申告又は賦課決定を取り消す方法は、過誤納に関しては現行法上更正の請求(国税通則法二三条)の手続が法定されており、その趣旨とするところは、過誤納を理由とする申告内容の訂正を、この手続によらしめることにより、納税義務者の利益の保護と租税行政の円滑な運営の要請とを調整したものであつて、この手続以外の方法で過誤納の訂正を主張することを原則として排除するものと考えられる。

いま、右法定の手続によつて租税債権の確定行為を取り消す手続を検討してみるに、納税申告者は法定申告期限から一年以内に前記更正の請求をすることができ、(国税通則法二三条一項)また特別の場合、例えば、帳簿書類の押収その他やむを得ない事情により、課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき張簿書類その他の記録に基づいて国税の課税標準等又は税額等を計算することができなかつた場合において、その後、当該事情が消滅した日の翌日から二か月以内ならば右第一項の規定に関わりなく更正の請求をすることができる旨規定されている(同法二三条二項、同法施行令六条一項三号)。

これらの更正の請求に対し税務署長は、更正をし、又は更正をすべき理由がない旨を通知し(同法二三条四項)、これに不服のある納税者は、所定の不服審査を請求することができ、これに対する裁決等に不服のある者は、さらに行政訴訟をも提起することができる。

従つて、租税債権の確定行為が取り消され、その取り消しが確定するまでには、税金が納付された後相当の年月を要することが予想されるのであるが、これが確定してはじめて過誤納金の還付請求権が生ずるものであることは前述したところである。

この場合、租税債権の確定行為の取り消しが確定してはじめて納付された税金が法律上の原因を欠くものとなるのであるから、その還付を請求することができるのは、その取り消しが確定したときであり、その消滅時効の起算点もまたその時点と解さなければならない。したがつて、その消滅時効の起算点は、過誤税金の納付のあつた時点よりもはるかに後になるのが通例である。

以上に述べた、租税債権の確定が違法であつて、これが取り消されて、納付された税金が法律上の原因を欠くに至り、不当利得として返還を請求することになる法的手続は、租税債権の確定行為が無効であつて、これを取り消すまでもなく当初から無効である場合にも十分に参考とされなければならない。

無効な申告又は賦課処分に基づく過誤納付の場合、本件はまさにそのような場合であるが、租税債権の確定行為の取り消しをまつまでもなく、無効なのであるから、不当利得返還請求権は、納付の時に発生すると解することができる。しかしながら、租税法律関係における現行法上存在する国の優越的地位とこれに対して正当に保護されなければならない納税者の利益との調整に関し、租税債権の確定行為が違法である場合について、国税通則法が設けた前記諸規定の合理性と必然性に思いを致すとき、租税債権の確定行為が無効である場合、納付のときから返還請求権を行使し得るのであるから、消滅時効の起算点は納付のときであるというごとき形式論は到底とることができない。

原審も認定するように、上告人は、昭和四〇年八月三一日東京国税局査察部の強制調査を受け、帳簿、銀行通帳および出入金伝票等法人税算出の基礎となるべき会計資料の一切を押収されていた(これらの還付があつたのは同四五年一一月一〇日言渡の東京高等裁判所の刑事判決確定後であつた。)のであるから、前記国税通則法二三条二項、同法施行令六条一項三号の趣旨からしても、これらの押収により上告人が国税の課税標準等又は税額等を計算することができなかつた間は、未だ過誤納金の還付を請求することができなかつた特段の事情があるものとして、少くともその期間は未だ消滅時効の進行は開始しないものと解すべきである。

しかして、いつそのような課税標準等又は税額等を計算することができない事情が解消し、消滅時効の進行が開始したかは消滅時効を主張する被上告人において主張、立証すべきである。

以上、要するに、原判決が、国税通則法七四条一項に関し、右規定にいう「請求することができる日」とは、無効な申告又は賦課処分に基づく納付の場合は、その納付のあつた日であるとし、本件過納税金の返還請求権の消滅時効の起算日はその納付のあつた日と解すべきであると判示したのは、同条の解釈を誤つたものであつて、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があるといわなければならない。

第二点<省略>

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